Masuk自室の扉を開けると、奥からルナフレアが出て来て出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、カリナ様。今日はお早いのですね」
「ああ、討伐任務だけだったし、その後はカシューと今後のことについて話し合いしたくらいだけだしね」
そう言うカリナの服装が出発前とは違うことに気付き、ほうほうと眺めるルナフレア。
「そうでしたか。それにしてもまた可愛らしい衣装ですね。リアさん達やりますね。カリナ様の可憐さをしっかりと引き出している素敵な服です」
服を褒められているのか自分を褒められているのかよくわからなくなったカリナは妙にそわそわした。
「また無理矢理着せられたんだよ。新作だってさ。これからは新作ができる度に着せ替え人形にされる予感しかない」
「いいではありませんか。私などいつもここに努めているのでこのメイド服ばかりですよ。たまにはお洒落をしてもみたくなります」
「そうか……。あ、だったら明日は城下に用事があるから一緒に行くか? ルナフレアの私服も見てみたいしな」
その言葉にルナフレアは目を輝かせた。
「本当ですか?! カリナ様とデートでしたら思いっきりおめかししないといけませんね」
「いや、別にデートでは……、ってまあいいか。明日はギルドに用事とその他にも色々と回ってみるつもりだから。楽しもう」
喜ぶルナフレアを見るとそれ以上は何も言えなくなってしまった。これまで寂しい思いをさせていた分、明日はしっかり満足してもらえるようにしようと、カリナは心の中でそう誓った。
「まだ早いですけど、お風呂になさいますか? 討伐任務だったのならどこかしら汚れているかもしれませんから」
くんくんと自分の匂いを嗅いだが、新しい衣服の匂いしかしない。だが、折角だし頂くとしようと思い、彼女の意見に同意する。
「それほど汚れてはないかもしれないけど、髪の毛とかはわからないし、それならお先に頂こうかな」
「はい、お風呂はいつでも綺麗になっておりますよ」
そう言って笑ったルナフレアを見て、カリナは浴場に向かった。
◆◆◆ 更衣室。カリナは衣装を脱ぐのに苦戦していた。無理矢理着せられたので、どのようにして脱げばいいのかイマイチわからない。「むぐぐ、脱げない。どこかに紐やら留め具があるのか?」
四苦八苦していると、ルナフレアが更衣室に入って来た。
「どうなさいましたか? ああ、脱ぎ方がわからないのですね」
「そうなんだよ、お洒落なのはいいけど、上手く脱げないとさすがに困る。ちょっと手伝ってくれないか?」
「そうですね、多分スカートのこの部分のリボンを緩めたら、ほら、ウエストが緩くなりましたよ。あとガーターは留め具を外して……、はい、これで脱げましたよ」
ほっと安堵すると共に、女性のお洒落衣装は着るのも脱ぐのも大変なのだと実感した。これまでは装備欄を触るだけで自動的に着脱可能だったのだから、便利過ぎたのである。今後はこういう女性の衣装にも慣れていく必要がある。
「ありがとう、じゃあ入って来る」
タオルを巻くと、カリナは浴場の扉を開けてさっさと入って行ってしまった。
「私も一緒に入ってもいいかしら……? カリナ様がちゃんと洗えているのか気になる」
そう思い立ったルナフレアはメイド服を脱ぐと、カリナの後を追った。
◆◆◆ さて、入浴する前に洗わなければと思い、シャワーの前の椅子に腰かけると、シャンプーで頭をわしわしと洗い始めた。毛が長いとやはり大変だと思いながら乱雑に髪の毛を手で洗う。 目の前の鏡に映る自分の姿は少々幼さが残る美少女である。周りからはこんな風に見えているんだなと改めて思う。「そりゃちょっかいもかけたくなる、のかな?」
リア達メイド隊が可愛らしい衣装を着せようとして来る気持ちも何となくわかってしまった。
「あらあら、そんな洗い方ではちゃんと綺麗になりませんよ」
そのとき背後からルナフレアの声が聞こえた。もしかして洗うのを手助けに来てくれたのかと思って、鏡越しに確かめることもせずにカリナは後ろを振り返った。
目に飛び込んで来た彼女の姿は、タオルを一枚体の前に片手で掛けただけの、一糸纏わぬものだった。余りの驚きに、カリナはさっと目を逸らした。
「少々恥ずかしいですが、今は女同士ですから……」
「いや、まあそれはそうだけど……」
ルナフレアの肢体は美しく均整が取れておりながら、出るところはしっかりと主張している。大人の女性のそれだった。元はNPCとはいえ、意志を持った普通の人間である彼女に対して、カリナは恥ずかしさと見てはいけないものを見てしまった罪悪感でいっぱいになってしまった。
「大丈夫ですよ。私が洗い方を教えて差し上げますから。先ずは、このシャンプーを落として……。最初にお湯でしっかりと素洗いをして下さい。この長さなら、五分は必要ですね」
そう言いながらルナフレアはカリナの後ろに椅子を持って来て座り、綺麗に髪の毛を濯いでくれた。そのまま後ろから手と櫛を使って素洗いをしてくれる。カリナは他人から洗ってもらうのは気持ちいいのだと感じた。美容院などでシャンプーをしてもらうときのあの感覚である。
素洗いが終わると、シャンプーを手に取って泡立ててから柔らかい手つきで前髪から後ろ髪まで丁寧に彼女はカリナの髪を洗ってくれた。身体が密着する度に、彼女の豊満な乳房がカリナの小さな背中に当たり、それがカリナをドキドキさせた。ルナフレアは善意でやってくれているのにこんな気持ちになるのは良くないと、自制心を働かせた。
そうこうしている内にシャンプーが終わり、丁寧に濯いだ後、今度はトリートメントまでしてくれた。
「カリナ様、ちゃんとトリートメントを昨日しましたか?」
「あ、いや、したけど待つのが面倒臭くて直ぐに流してしまったかも」
「トリートメントが馴染んでいる間に体を洗いましょう。その後流せば時間の短縮になりますよ」
そう言って、スポンジにボディソープをたっぷりと付けてカリナの身体をルナフレアは丁寧に労わるように洗ってくれたのだった。その頃には体を隠していた小さなタオルは支えを失って、ルナフレアの一糸纏わぬ姿が目の前に曝け出されていた。それは妖精族だけあって、まるで彫刻の様に美しかった。そしてリラックスしているからなのか、背中から美しく七色に輝く妖精族特有の蝶のような羽が現れていた。
「何度見ても綺麗だな、その羽は」
「ありがとうございます。カリナ様の可憐さには敵いませんが、私にとっての自慢です」
そう言ってルナフレアはふわりと笑った。
全身を洗い、トリートメントを濯いだ後、ルナフレアが自分の身体を洗う間にカリナは湯船に浸かった。大したことはしていないが、今日の疲れが滲み出て癒されていく様に感じられた。浴槽の縁に頭を乗せて、高い天井を見上げる。これからの冒険の旅に思いを巡らせる。新生VAOとも言えるこの世界に果たして何が待っているのだろう。
そうして微睡んでいると、ルナフレアの声が聞こえた。
「洗い終えました。隣よろしいですか?」
「ああ、構わないよ」
カリナの右隣の浴槽に浸かるルナフレア。その豊満な双丘がぷかぷかとお湯に浮いていた。
「……浮くんだな」
「ええ、恥ずかしながら。でも浮いている方が楽ですよ」
そう言いながら自分の胸をたぷたぷと下から持ち上げるルナフレア。カリナは真似してみたが、自分のではそこまで大きさが足りない。
「私のでは無理だな……」
「うふふ、でももしかしたらこれから成長するかもしれませんよ」
くすくすと笑うルナフレアだが、PCはカシューが言っていたが、体形や年齢の変化がないらしい。恐らくカリナの胸がこれ以上育つことはないだろう。
「気持ちいいな。こんな大浴場を独りで使うのは贅沢だ」
「ではこれからはいつもご一緒させて頂きますね」
そう言ってルナフレアは、頭をカリナの方へ傾けてもたれ掛かった。静かな時間が流れて行く。
女性のままで良かったかもしれない。もし男キャラだったら、こんな魅力的な女性が側仕えで好意を寄せてくれていたら、現実世界なら、我慢ができなかっただろう。
不躾な考えが頭をぐるぐると巡る。今は自分が女性であることに感謝しなければいけないとカリナは思った。そしてこの世界が続く限りは彼女を大切にしたい。だから帰って来たときは必ずちゃんと顔を見せようと思うのだった。
「さて、そろそろ上がろうか? 今日は二人でゆっくり過ごそう」
「はい、夕食はとびきり豪勢にしますから」
更衣室でルナフレアに全身を丁寧に拭かれ、部屋着に着替えさせられた。下着の着け方もレクチャーされる羽目になったが、今後必要になる身だしなみである。カリナはルナフレアの好意をありがたく受け取った。
「至れり尽くせりだなあ」
「まあ、私は側付きなのですからこれくらいは当然です。それにカリナ様にはいつも元気で健康でいて欲しいですから。カーズ様のときにはできなかったお世話も色々とできて、今はとても嬉しいのですよ」
「まあ、男の姿の時に風呂に一緒に入るとかはさすがにできないからな」
「私はカーズ様が求められるのなら構いませんが?」
「いやいや、貞操観念はちゃんとしような。今は女の姿だから大丈夫なだけだから。男にそんなこと言ったらダメだぞ」
危なっかしい。まあ彼女が自分以外に変な気を起こすことはないだろうが、どこか心配になる。
「心配しないで下さい。カリナ様以外の方にこのような無防備な姿を見せることはありません。これでも王国騎士団長直属の側仕えなのですよ。武術の心得もありますし、魔法も使えますからね」
カリナが杞憂していることを感じ取ったのか、彼女はそう言って胸を張った。早く服を着て欲しい。目のやり場に困る。
「失礼しました。では私も着替えます。カリナ様は部屋でごゆっくりなさって下さい」
◆◆◆ その後は自室で読書をしたりと思い思いに過ごし、夕食はルナフレアの作ったご馳走に舌鼓を打った。就寝の時間になると、また部屋にやって来たルナフレアと一緒に寝ることになった。手を繋いで寝ていたはずが、いつの間にか彼女に抱き締められていた。だが心地良い彼女の柔らかさに包まれて、カリナは再び目を閉じて眠りに落ちて行った。
翌朝、ルナフレアの朝食を作る音と匂いで目覚めたカリナは、キッチンへと向かった。
「おはよう、よく眠れたかい?」
「おはようございます、カリナ様。ええ、お陰様で気持ち良く眠れました。でも私、寝相が悪かったりしませんでしたか?」
「ああー、いつの間にか抱き締められてたけど。別に悪いとかじゃないから気にしなくていいよ」
「私ったら……。次からは気を付けますね」
また次があるんだな。ということはこれからはずっと彼女と就寝することになるのだろうとカリナは悟った。だが100年間の孤独の埋め合わせ程度と考えると安いものだとも思った。
朝食を食べてから着替えなどの準備をすると、二人は城下のギルドへと向けて出発した。
一夜明け、ザラーの街に清々しい朝が訪れた。窓から差し込む陽光に目を細めながら、カリナはベッド脇の例の「メイド隊からの衣装」セットの二つ目を取り出した。「……さて、今日の『着せ替え』はなんだ?」 恐る恐る広げたその衣装を見て、カリナは天を仰いだ。「あいつら……本当に森に行く気があるのか?」 そこに入っていたのは、白を基調とし、鮮やかな黄緑と黄色のリボンやフリルがあしらわれた、体のラインが出るタイトなローブ。しかもフードには、ふっくらとした「猫耳」がついている。インナーは紫に白と黒のデザインが施されたシックなワンピースだが、足元はガーターベルト付きの白いニーハイソックスに、黒地に白いラインが入ったショートブーツという、絶対領域を強調するような組み合わせだ。「防御力と動きやすさは最高級の素材らしいが……この猫耳は必要なのか? 完全にコスプレじゃないか」 ブツブツ文句を言いつつも着替えて鏡の前に立つと、そこにはあざといほどに可愛い「猫耳魔法少女」が完成していた。悔しいが、サイズも完璧だ。「ま、誰も見てない森の中だ。我慢するか」 フードを被って猫耳をピコピコさせながら、身だしなみを整えて隊員と共に階下へ降りる。「おはようございますにゃ、隊長。今日もバッチリ可愛いですにゃ」 「うるさい。行くぞ」 食堂に降りると、女将さんが満面の笑みで駆け寄ってきた。「おはよう、英雄さん! 昨日はあんたのおかげで、夜遅くまで祝杯を挙げる客で大忙しだったよ! 街を救ってくれて本当にありがとうねぇ」「いや、私はただのきっかけだ。皆が頑張ったからだよ」「謙虚だねぇ。さあ、今日はサービスで特盛にしておいたよ! しっかりおあがり!」 出された朝食は、厚切りのベーコンエッグに、山盛りのサラダ、そして焼きたてのパンと具沢山のスープ。カリナと隊員は感謝してそれを平らげ、エネルギーを充填した。 宿を出て、人目が少ない場所でペガサスを召喚する。カリナは猫耳フードを抑えながら天馬に跨り、北西の空へと舞い上がった。 ◆◆◆ ザラーの街を離れ、しばらく飛ぶと、眼下の景色は荒野から深い緑へと変わっていった。 『世界樹の森』。 その名の通り、視界の果てまで続く樹海だ。そしてその遥か彼方には、雲を突き抜けるほど巨大な一本の樹――世界樹が鎮座している。「でかいな……。遠近感がお
「うおおおおおおっ!! 勝ったぞぉぉぉぉ!!」 「我々の勝利だ! アレキサンド万歳! 緑の戦女神、万歳!」 総裁バズズが燃え尽き、残った魔物の群れが霧散したのを見届けた瞬間、砦に詰めていた騎士達や冒険者達から、大地を揺るがすような歓声が爆発した。彼らは武器を放り出し、兜を脱ぎ捨てて、戦場の中心で悪魔の素材を回収していたカリナの元へと駆け寄ってくる。「すげえ……本当に一人で、軍勢ごと悪魔を倒しちまったぞ……!」 「なんて強さだ、それに近くで見ると本当にお人形さんのように可愛らしい……!」 「あの細い腕のどこにあんな力が……。まさに戦場に降り立った女神だ!」 血と土埃にまみれたむさ苦しい男達が、キラキラした尊敬の眼差しでカリナを取り囲み、口々に称賛を浴びせる。その中心で、カリナの肩に乗ったケット・シー隊員は、ふんぞり返るように胸を張り、これ以上ないほどのドヤ顔を晒していた。「ふっふーん! 見たのにゃお前達! これが隊長の実力にゃ! もっと褒めて、もっと崇めるにゃ!」 まるで自分が倒したかのような態度だが、誰もそれを咎めない。むしろ「何だこの猫可愛いな」と頭を撫でられ、満更でもなさそうだ。 一方、当のカリナは居心地が悪そうに頬を掻いた。「いや、戦乙女とか女神とか、そういうのは止めてくれ。私はただの冒険者だよ」「ご謙遜を! 貴女様は今日、間違いなくこのザラーの街を、いや、アレキサンドの危機を救って下さったのです!」 指揮官を務めていたアレキサンドの騎士団長らしき男が、カリナの前に進み出て最敬礼をした。「この武功、必ずや本国のアレキサンド国王陛下にご報告致します。貴女様のような英雄が訪れてくれたとなれば、陛下も大層お喜びになるでしょう。是非いつか、王都へもお越しください。国を挙げて歓迎致します!」「あ、ああ……機会があればな」 熱烈な歓迎ぶりに、カリナはタジタジだ。このままでは胴上げでもされかねない雰囲気を感じ取り、カリナは素早く空を見上げた。「では、私は報告があるから戻る。後は任せるよ」「はっ! この御恩は忘れません! 緑の戦乙女に栄光あれ!」「戦乙女に栄光あれ!!」 数百人の兵士達が一斉に剣を掲げ、勝鬨を上げる。その熱狂的な声を背に受けて、カリナは再びペガサスを召喚し、隊員と共に空へと舞い上がった。 太陽はまだ高く、まぶしい日差しが照り
ヒースの部屋を出てロビーに戻ると、そこは殺気立った空気に包まれていた。 負傷している者、装備を点検して飛び出していく者。怒号と悲鳴が飛び交う中、数人の冒険者が地図を囲んで深刻な顔で話し合っているのが耳に入った。「南西の防衛線が危ない! 急造の砦を築いて凌いでいるが、魔物の数が多すぎる!」 「正規軍の騎士団も限界だ。このままじゃザラーまで雪崩れ込んでくるぞ!」 彼らの会話を聞いたカリナは、迷わず彼らの元へと歩み寄った。「その南西の砦、私が加勢に行こう」 凛とした声に、冒険者達が振り返る。だが、彼らの目に映ったのは、フリルたっぷりの緑のドレスコートを着た、深窓の令嬢のような美少女と、二足歩行の猫だった。「はぁ? なんだお嬢ちゃん、迷子か?」 「悪いが今は遊んでる場合じゃねぇんだ。お人形さんごっこなら他所でやってくれ」 男達は呆れたように手を振って追い払おうとする。無理もない。この血生臭い状況に、カリナの姿はあまりにも不釣り合いだった。「遊びじゃない。私は冒険者だ。その砦に向かうと言っているんだ」 カリナが出口へ向かおうとすると、男達が慌てて立ちはだかった。「おい待て待て! 死にに行く気か!?」 「そこはピクニックに行く場所じゃねぇんだぞ! そんなフリフリの恰好で戦場に行ってみろ、魔物の餌になるだけだ!」 「悪いことは言わねぇ、家に帰ってママのミルクでも飲んでな!」「隊長は凄いのにゃ! お前達こそ控えおろうなのにゃ!」 彼らは本気で心配し、必死に止めようとしている。根は良い奴らなのだろう。だが、今は一刻を争う。カリナは懐からAランクのギルドカードを取り出し、彼らの目の前に提示した。「忠告は感謝する。だが、心配は無用だ。私はAランク冒険者のカリナ。組合長ヒースからも直々に討伐の許可を得ている」 黄金色に輝くカードを見た瞬間、男達の顔色が変わり、ロビー中がどよめいた。「え、Aランク……!? この歳でか!?」 「ま、待てよ、カリナって……あのルミナス聖光国を救ったっていう、エデンの凄腕召喚士か!?」 噂はここまで届いていたらしい。彼らの表情が、驚愕から縋るような希望へと変わる。「あんたがあの英雄なのか……?! 俺達じゃどうにもなんねぇ数なんだ! 頼む、仲間達を助けてやってくれ!」「ああ、任された。吉報を待っていてくれ」「任せておくにゃ」
エデンを飛び立ち、ペガサスに乗って北西へ。眼下には雄大な景色が広がる。高度が上がるにつれ風は冷たくなり始めていたが、ペガサスの発する魔力の加護と、ルナフレアから渡された厚手のコートのおかげで、空の旅は快適そのものだった。 やがて右手遠くに、堅牢な城壁に囲まれた巨大な都市が見えてきた。無数の塔と城壁が幾重にも連なる、武骨ながらも美しい石造りの国。「あれが初期五大国の一つ、今の騎士国アレキサンドか……」 かつてゲーム時代、メインキャラであるカーズも、そしてこのサブキャラであるカリナも、冒険のスタート地点として選んだのがこの国だった。騎士や剣士など、物理防御と攻撃に特化した兵科を多く輩出する国。兄設定であるカーズがカシュー達とエデンを建国するずっと前、初心者時代に剣の腕を磨いた場所でもある。懐かしい景色に目を細めつつ、カリナはそこを通過し、さらに西へと進路を取った。 何度か地上に降りてペガサスを休ませ、隊員と軽食をとりながら進むうちに、太陽は西の地平線へと沈みかけ、空が紫と茜色のグラデーションに染まり始めた。「隊長、そろそろ日が暮れますにゃ。お腹も空いたにゃ」「そうだな。夜間の飛行は視界も悪いし、今日はこの辺りで宿をとろう」 カリナは眼下に見えてきた街の近くにペガサスを降ろした。労いの言葉と共に送還し、隊員を連れて徒歩で街の南門へと向かう。 見えてきたのは、高い石壁に囲まれた街。近づくにつれ、カリナは違和感を覚えた。記憶にあるここ「ザラーの街」は、ゲーム開始直後のプレイヤーが集まる、のどかで開放的な初心者用の街だったはずだ。 だが、目の前にあるのは、無数の傷跡が刻まれた分厚い城壁と、物々しいバリケード。100年という時は、平和だった始まりの街を、魔物の脅威に晒される最前線の拠点へと変貌させていたのだ。 石造りの門の前には、二人の兵士が立っていた。槍を持ち、アレキサンドの紋章が入った鎧を着ているが、その眼差しは鋭く、妙に殺気立っている。「止まれ。これより先はアレキサンド領ザラーの街だ。身分証の提示を」「ああ、冒険者だ」 カリナは首に掛けていたギルドカードを外し、兵士に手渡した。兵士は事務的な手つきでカードを受け取り、そこに刻まれたランクと名前を確認する。そして次の瞬間、その目が驚愕に見開かれた。「えっ……Aランク!? それに、名前はカリナ……
演習場での模擬戦は、カリナの圧倒的な勝利に終わった。リーサは完膚なきまでに叩きのめされたが、その表情は晴れやかだった。目の当たりにした召喚術の神髄に、彼女は心の底から感動していたのだ。 その後、一行は玉座の間へと移動した。カシュー王が玉座に腰を下ろし、エクリア、アステリオン、レミリア、そしてカリナとリーサがその前に並ぶ。騎士団の面々やルナフレアは、少し離れた場所で見守っていた。 カシュー王が威厳のある声で告げる。「これより、エルフの召喚士リーサを、エデン王国筆頭召喚術士カリナの代行として任命する」リーサは緊張した面持ちで、カシュー王の言葉に耳を傾ける。「リーサよ、カリナはエデンの特記戦力であり、その力は我が国の要である。しかし、彼女は多忙な身であり、常にこの地に留まることはできない。其方には、彼女の不在時にその力を代行し、エデンを守る重要な役割を担ってもらいたい」「ははっ、身に余る光栄にございます」 リーサは深く頭を下げ、カシュー王の言葉を承諾した。「カリナ、其方からも言葉をかけてやってくれ」 カシュー王に促され、カリナが前に出る。彼女はリーサを見つめ、静かに語りかけた。「リーサ、お前の実力は認める。だが、召喚術の道は険しい。決して慢心せず、精進を怠るなよ」「はい! 肝に銘じます、師匠!」「だから師匠はやめろと言っただろう」 カリナは苦笑しながらも、リーサの熱意を嬉しく思っていた。「リーサ、お前には期待している。エデンを、そして民を守るために、力を貸してくれ」「はい! この命に代えても、エデンをお守りします!」 リーサは力強く宣言し、カリナに忠誠を誓った。その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。 カシュー王は満足げに頷き、玉座から立ち上がった。「うむ。これにて任命式を終了する。皆の者、これからもエデンのために力を尽くしてくれ!」「はっ!」 玉座の間に、騎士達の力強い声が響き渡る。 こうして、エデンに新たな優秀な召喚士が加わった。リーサはカリナの代行として、そして一番弟子として、召喚術の道を歩み始めることとなる。 その後、カシュー王は皆を労い、祝宴が開かれることとなった。宴の席では、騎士達がカリナの武勇伝を語り合い、リーサも熱心に耳を傾けていた。 カリナはルナフレアにジュースのグラスを傾けながら、静かに呟いた。「これ
翌日の正午過ぎ。太陽が真上に昇り、演習場の砂埃を照らす頃、カリナはルナフレアを伴って騎士団演習場の門をくぐった。 門番の兵士達は、昨日カリナが見せた伝説級の精霊との戦いを目の当たりにしているため、最敬礼でカリナを出迎える。その瞳には畏敬の念が宿っていた。 演習場に入ると、円形の闘技場を見下ろす観覧席には、昨日の今日だというのに、またしても主要なメンバーが勢揃いしていた。 中央の貴賓席には、面白そうに身を乗り出すカシューと、その隣で扇子を片手に優雅に微笑む、完璧な美女の振りをしたエクリア。その後ろには、胃薬でも欲しそうな顔をしたアステリオンと、エクリアの代行であるレミリアが控えている。 騎士団席には、近衛騎士団長のクラウス、王国騎士団副団長のライアンをはじめとする騎士達。そして、戦車隊隊長のガレウスまでもが、「また凄いもんが見れるかもしれん」と最前列に陣取っていた。「やれやれ、暇人が多いなあ」 カリナが苦笑すると、隣を歩くルナフレアがくすりと笑った。「それだけカリナ様の力が注目されているということですよ。……では、私はあちらへ」 ルナフレアは演習場の端、関係者用の席へ向かう前に足を止め、カリナに向かって深々と頭を下げた。「カリナ様、あの世間知らずのエルフに、本物の召喚術というものをご教示なさって下さい。御武運を」「ああ、任せておけ。見ていてくれ」 ルナフレアの言葉に軽く手を振って応え、カリナは演習場の中央へと歩みを進める。そこには既に、対戦相手であるエルフの召喚士、リーサが待ち構えていた。 召喚士特有のローブを風になびかせ、手には身の丈ほどの樫の木の杖を握りしめている。その表情は硬いが、瞳には決して折れない強い意志と、カリナに対する侮りにも似た対抗心が燃えていた。「お待ちしておりました。逃げずに来たことだけは褒めて差し上げます」 リーサは杖の先をカリナに向け、挑発的な視線を送る。「陛下やアステリオン様が何を考えているのかは分かりませんが、召喚術とは長い修練と精霊との対話によってのみ成される神聖な儀式。あなたのような子供に務まるような軽いものではありません」 彼女の言葉に、観客席の騎士達がざわつく。「おいおい、死んだわあいつ……」「昨日のあれを見てないからって……」といった同情の声が漏れ聞こえてくるが、リーサの耳には届いて







